枡屋お雛祭り
お雛祭りを「観光」にしたのは草野本家が発祥です。
江戸幕府八代将軍吉宗公の時代、享保雛から明治時代まで178体の雛人形が220年前に建てられたお座敷でお待ちしています。
中でも42体で1セットの御殿雛は必見です。
枡屋(ますや)の雛人形
【享保雛】
草野本家は元禄より明治末期まで製蠟を業とし手広く商いをしており、同時に郡代御用達をつとめたため、代々当主が京・大坂へ出向くことも度重なりました。
その折に買い求めた雛人形、新嫁が輿入れのおり持参したもの、親戚からの祝いの人形など、長い時を経て十畳二間続きの座敷の雛壇いっぱいになりました。
享保雛は、享保時代の優雅さを表現する内裏雛として当家で最も古く、とくに大切に伝えられたものです。
主な人形について
草野本家の雛人形は、実物を大変間近で見ることができるのも魅力のひとつです。是非実物をご覧下さい。
主な人形をご紹介します。 (※画像はクリックで拡大します。)
【和合神】
礼装に威儀を正して七宝類を捧げ各々侍立、阿吽(あうん)の面相をそなえている。すなわち、陰陽和合すれば、金銀・珊瑚(さんご)の財宝に恵まれ繁栄に至ることを現わしています。彫刻家朝倉文夫先生賞讃のものです。
【漁夫の利】
「戦国策」の物語、漁師夫婦が眼前に鴫(しぎ)と蛤(はまぐり)の争いをながめながら労せずして之を捕獲するお話。「和唐内」の物語に出てくる場面です。
【阿古屋琴ぜめ】 (歌舞伎)
背景は畠山館千畳敷の舞台装置、平景清の情人、京都五条の遊女、阿古屋に琴、三弦、胡弓の三曲を弾かせて、その音色に景清の行方をせめさぐる場面。
【市松人形】
長春亭(隠居)に展示。
元文~寛保(1736~44)頃より体が三つに折れて手足の動く市松人形が出現しました。代々の娘達が抱いて、いとしんだ人形31体。特に和服から洋装に至る過渡期の改良服の人形達は珍しい。
【文明開化】
明治初期文明開化の波に乗って、太帯和服そのまま洋髪、 洋傘に靴という和洋折衷の姿。
【蹴鞠(けまり)】
公郷堂上人のまり競技中にけった鞠が自分の額に当ったとっさの滑稽な表情を見せています。時代を諷刺して愉快。珍重すべきものです。